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高校生Q&A
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なぜ学問を学ぶのでしょうか?1

 自分を認識するという作業

なぜ勉強するのかということをお考えになったことがあると思います。よく子供たちが「何で* * *を勉強しなけ ればならないの?」と質問してきます。そのときにできるだけしっかりと子供たちが納得できる言葉でその質問に答えられるかどうかで子供たちの勉強、学問に対する見方はまったく違ってきます。そのような質問をされたときが学問に対する本当の価値を伝える、あるいは本人に考えてもらう大きなチャンスになるかと思います。 この過程をはぶかれてしまうと子供は勉強に対する不信感を持ち続けることになるでしょう。意味の分からないこと納得してないことを続けることは大人でさえも不可能だからです。

しかし、それには学校の教師、塾の先生、お父さん、 お母さんがその意味を普段からしっかり考え伝えられるようになっていなくてはなりません。

客観的な認識と論理的な思考

客観的な認識と論理的な思考という問題に関して考えてみたいと思います。

学問の基本には客観的な認識と論理的な思考といった人間が生きていくうえで欠かせない作業が含まれています。

 

 

そしてそこで得られる能力は自己を認識するというプロセスの中で大いに役立つのです。この自己を認識するという行為はある意味ではゴールがないとてつもなく深い作業です。しかし、だからといって別に難しく考える必要はありません。たとえば、子供たちが将来何になりたいかを考えるときに、僕は物を作るのが好きだから、 技術者になろうとか、私は人と接したり、幼い子の面倒をみるのが好きだからその特性を生かして保母さんや幼稚園の先生になりたい、などと思うことも、あるいは自分の性格や考え方の特徴を知ろうとすることも立派な自己認識の第一歩といえます。またスポーツ選手が自分の体の動きとプレーのイメージを一つ一つ確認していく過程も、もちろん自己認識の作業です。さらにたとえば今日どんなことがあってそのときに自分がどのように感じどのように考えたかを日記に書きとめたとすればこれはもう自己発見の過程であるといわざるを得ないと思います。

 

そしてその思考の過程はその子が親や友達との関係を考えたり、学校での生活を考えたり、自分の将来を考えたりする際に、つまり生活全て人生全体にかかわる力となります。


なぜ学問を学ぶのでしょう?2に続く
なぜ学問を学ぶのでしょう?2に続く